さっとディプロを振り返る 180526@きゃらべ
リアルでディプロを回してきたので所感をば
自分はトルコ担当、1904秋までやって、国力は5にとどまりました。
1、バルカンギャンビットのガリシアバリエーションは既定路線か?
1901春
当初トルコは対露を念頭に墺と接触、墺からは対露了承のお返事。
結果として、ロシアの行軍ミスもあり、墺はウィーン→ガリシアの行軍が通り、俄然ロシアに対して圧をかけられる布陣に。あとはバルカンギャンビットの行軍。
ロシアはガリシアを落とし、かつ黒海もSOに終わっているため、やや劣勢。
トルコとしては、対露は成立しそうだが、それ以上に墺伊による対土が予想されるのが怖い局面。
1901秋
墺からは春から提案頂いていた通り、ルーマニア・ブルガリアとセルビア・ギリシャでバルカンを持ち合うご提案。かつ、セルビアは我が国のルーマニア進軍を支援とかなんとか。本当か?どうせバルカンギャンビット完遂では?と思いつつ、ギリシャ領有を食い止める有効なすべをトルコは持ち合わせていないため、了承。
ここでロシアを引き込む交渉はあったのかもしれないが、ロシアのガリシア取られたからルーマニア当然よこせ的な物言いが気になり、墺の側につく。しかし、その振りをしつつイタリアにはトリエステ進軍を進言。
結果としては、墺はギリシアの領有に成功したが、トリエステは陥落する展開に。一方のイタリアはヴェニスとナポリに海軍を増設し、絶好調の様相。
ここで墺がバルカンギャンビットを完遂するのではなく、例えばセルビア→トリエステと入力すれば、墺は主導権を握り続けることができたのではないか、というのが一つの考え。
あるいはもう少し遡り、きちんとガリシア不可侵を取り付けた上で、ブダペストかトリエステバージョンのギャンビットを仕掛ければ、墺は無事2増できたのかもしれない。
いずれにせよ、(特にイタリアの対墺が有力になりがちな短期戦では特に)無警戒にガリシアバージョンのギャンビットを選択するのはよくないなと思った次第。
実際その後の東欧はイタリアに主導権を握られ(ここは墺が対伊を諦めてしまったことによる点も大きいが)、イタリアの支持のままにロシア攻撃や、墺土間での紛争がおき、トルコもスミルナ割譲を余儀なくされている。
自分の外交としては、きちんとイタリアの裏切りのリスクを説明し、イタリアの海軍2増を防ぐ行軍をするべきだったのかもしれない。
2、西欧の増設にも、東欧は口出しすべき。
今回国力最大に輝いたのはイギリスだが、これはフランスドイツが終始海軍を増設しなかったところが大きかった。
一応イギリスがフランス攻めを始めた時点で、フランスにはブレストでの海軍建造を進めていたが、ドイツに対しては特に何も増設については意見を交わさなかった。
特にトルコのような端国は、行軍で情勢に介入することが不可能である故に、相談や盤面認識の共有で持って、増設される軍には助言する必要があると感じた。
例えば今回のように仏独いずれも海軍を作らない展開や、フランスが海軍2増をする展開など、西欧の軍のバランスが崩れるような展開は産まないように、早期に西欧情勢について判断し、雑談の中で兵種について希望を伝える技術が必要かもしれない。。。と感じた次第。実際外交に長けていると感じた人は、それとなく反対側の関係について口出しができていたと(これまでのディプロを振り返ると)思う。
3、レパント対策はあるのか?
トルコは外交が少なく楽と言われつつも、墺がトルコ警戒気味、あるいはイタリアの対土容認の姿勢を示している場合に、いかに
①ロシアとの接近を測り、露土同盟を形成する。
②トルコを西に向かわせるべく、対仏包囲を形成させる
③墺伊の仲を引き裂く
のどれかを実行するかが課題に感じた。
かつ、露伊同盟の帰結の一つとして対土が見えてくるので、それに対抗できる同盟軸がトルコには欲しいが、ドイツはトルコと遠すぎて、墺はトルコと近すぎるのが警戒された状態のトルコの立ち回りの難しさに拍車をかけている。
しゃなたそ卓の反省と、また一つやっていたオンラインの卓の反省も、早く書かねば。。。